福島簡易裁判所 昭和50年(ろ)5号 判決 1977年2月18日
主文
被告人を罰金一五万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は福島市笹谷字中田一番地の三において伊藤整形外科医院の院長として医業に従事する医師であるが、昭和四八年一月五日午後二時ころ右医院診察室において両拇指バネ症の患者である富田祐子(昭和四七年一月一二日生)を診察し、同女に全身麻酔剤ケタラールを用いて全身麻酔をかけたうえ前記バネ症拇指の手術をすることにした。
全身麻酔剤ケタラールは副作用として嘔吐を伴い、それによる嘔吐物の逆流のため窒息をするなど患者の生命、身体に重大な危険を及ぼすおそれがあったから、医師である被告人としては右ケタラールの使用にあたっては、あらかじめ患者又はその付添人に対し、患者の飲食の有無を確認することは勿論、また、手術時までは絶食を保つよう具体的に指示、説明をなし、吐瀉物の誤嚥による窒息などの生命身体の危険の招来を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、前記富田祐子の診察に際し、付添人である同女の母富田よい子(当時二〇年)に対し「子供は風邪をひいていないか、おひるはいつ食べさしたか」などを問診し、単にごはんを食べさせぬよう指示した程度で、右祐子に手術時までミルクその他の食物を与えぬよう、すなわち絶食をさせておくよう具体的な注意を与えず右患者を同医院待合室で待機させ、同日午後三時三〇分前後ころ、前記診察室において右付添人よい子に対し、再度右患者の飲食の有無を確認することなく、漫然同医院準看護婦阿部米子に指示して全身麻酔剤ケタラール二CC、自律神経興奮剤アトロピン〇・三CC混合注射液を右祐子の左臀部に注射させた過失により、その直後右祐子は嘔吐を催し、同人が同日昼から午後三時ころにかけて飲食した米飯、ミルクなどを吐瀉、誤嚥させ、よって右祐子をして、同日午後四時二五分ころ同医院内において窒息死させたものである。
(証拠の標目)《省略》
(法律の適用)
被告人の判示所為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、罰金刑を選択し、所定額の範囲内で被告人を罰金一五万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させるものとする。
よって主文のとおり判決する。
(裁判官 大内正)